今から17年前。
私自身が、離婚し子供を育てながら
会社を設立し仕事をしていくにあたって、
自分が将来なりたい女性像って
どんな人なんだろう??と
思い描きましたが、
残念ながらハッキリとはイメージできませんでした。
なぜなら、男性のように大金持ちになりたい、
モテたい、会社を上場させたいなどとは、一切思わなかったので、
自分のなりたい人物像が分からなかったのです。
周りの仕事をしている女性を観察してみて、
なりたい女性像として一つの結論に至ったのが、
「経済的にも精神的にも自立している女性」あることでした。
そういう女性なら、どのような時代になっても、
子供がいても、親の介護があっても、
身体のハンデがあっても、パートナーが無職になっても、
自分で自分の生き方を選択できると
思ったのです。
過去の日本の歴史をみても、
ここまで女性が活躍できるチャンスがある時代はない
ように思います。
実際に行動しようとすると、
女性だから無理とか、経験がないからやめておけ!とか、
あらゆる近しい助言者(身内や友人)の方々からの
言葉の攻撃からなる精神的影響をうけつつ、
突破していくという現実に向き合うことになります。
ここを乗り越え、孤独と戦いながらも、
様々な感情を抱えながら手当たり次第にやっていくというのが
女性が社会に対して自立していくための
地味でベタなステップ。
決してシンデレラストーリーではないですので、
孤独に耐えれず諦めてしまう女性も多いのも事実です。
こうやったほうがいいよという過去の成功事例は、
ほとんどが男性の行動事例ですから、
女性が同じようにやっても上手にはいかないことが多く、
私自身も多くの遠回りをし自分なりの方法を
試しながらやってきた中で、
仕事で自立していくには、
「結果をイメージし、自分の可能性を自分で信じて行動する」
しかないということ。
何の根拠もない可能性をただ信じて進むしかなく、
これがシンプルでいて一番大事であり、
また一番持続が難しいことでもありますが、
方法論などは、後回しだということが分かりました。
そう。とてもシンプル。
それは、どこまでイメージできるか?どこまで成長したいか?
しいては、どういう女性になりたいか?
これだけ。
ここの想いに対してどれだけの情熱を持つことができるかで、
他者からの影響は受けないようになり、
その結果「精神的に自立する」ことが
でるようになり、
ここの想いを現実化すべく直感に従って行動をしていくと、
結果を意識するようになります。
この世は、意識するものが膨らんでいくシステムですから
改善改良を加えながら進むことで、
「経済的に自立する」ことができるようになって
くるのです。
また自分の行動を加速するためには、
どのタイミングで決断し、どう動くかというのが
その後の結果に大きく反映しますので、
私は、自分の身体のバイオリズム(周波数)という
身体リズムを活用しながら、
自分の行動を信じ、さまざまなやりたいことを
現実化させてきました。
いちばん何をやったかというと、選択だけです。
そう、人生は選択の連続。
自分の人生を自分で選択することで、結果的に
得ることよりも失うことの方が多くなりましたが、
その当時の私が選択したのは、
「子供と安定した生活をしたい、そのためには経済的に
自立すること。」でした。
それを選択したために、
子育ての時間、地域での活動の時間、ご近所付き合い、
親の介護、睡眠などの時間が取れず、
周りに対して誤解を生むようなことになったり
迷惑をかけることも多かったように思います。
特に20代後半から30代前半の
その期間は、どこ住んでいたかというのは思い出せても
あまりにも忙しすぎてどのように生活をしていたのか
いまだに当時の記憶が曖昧になるぐらいですから。
ただ、そのがむしゃらな時代があったからこそ
今があるのも事実で、
ふと、もうちょっと賢いやり方はなかったのか?と
振り返ることもありますが、
失うことを気にしすぎたり欠けることを恐れていたら
可能性は小さくなっていきますし、
前に進むためには今いる場所やモノ、執着から
離れる選択がその後の人生の発展に大きく関わって
くるというのも身をもって体験しました。
ただこれは、言うは簡単ですが、実際にやるとなると
断腸の思いがありなかなかできることではないし、
自己否定をすごくしますので、孤独感に苛まれます。
何かに執着していることって
実は楽でもあるんですね。
だって、他人や外部のせいにできますし、
自分ではなく、外に落とし所をつけれますので、
自分を正当化することができますから。
でもね。
身動きが取れないということが
この先の進化を拒んでいるということと
イコールになるのも時間の問題なだけで、
進化していくためには、何かを手放していく。
それが自然の摂理。
依存は分離を生みだします。
周りからどのように見られるかとか、世間の価値観で
選択するのではなく、
自分自身が納得できるシンプルさを
貫き通すことなんだと思います。